ろうそくを日常に

 ろうそくが好きで、日常的に使っている。梅雨のこの季節は空も灰色、湿度も高く、なにかと気分が沈みがち。家事や細々としたことに取り組むのも億劫になる。そんな時は台所にろうそくをともす。

 ろうそくの火にときおり目を向けながら、お皿を洗い、鍋を洗い、紅茶をいれてひとやすみ。そのころには気分がずいぶん変化している。体も心なしか軽くなり、意欲も出てくるから不思議。いつもそうなるとは限らないが、それでも気持ちが前に向かない時は、布団にくるまって本を読み、そのまま眠ってしまおう。後回しにできるものは、すべて後回しにしてしまう勇気も時には必要だと思う。

 手紙を書くときや集中して作業をしたい時、儀式のようにテーブルの上にろうそくを置くのも気持ちが落ち着く。友と過ごす夕暮れ時の、ろうそくのひかりと暮れつつある空のコントラスト。ろうそくをともすと、時間はゆっくりと流れはじめる。

 一番のおすすめはろうそくのひかりでお風呂に入ること。目が休まり、お湯の質感まで違って感じられる。なによりも、一日中いそがしくしていた頭がしずかになってゆく。ただ温かいお湯に身を沈めていると、 だんだん考え事も遠のいて、闇と光と、お湯と自分だけの世界になる。真っ暗な浴室では、ごくちいさなろうそくひとつで驚くほどのあかりがとれる。いくつかともせばやや祝祭的な雰囲気に。

 ろうそくは、みつろうやはぜでつくられたものが理想的だが、なければ仏壇用だってかまわない。太さがあれば、そのまま置いて使える。細いものだったら燭台が必要になる。金属でできた重みのあるシンプルなものがあったらいいな、と思い続けているのだが、いまだ気に入るものにめぐりあえていない。なので、アルミのちいさなお皿に後ろから釘を打ち付けたものをつかっているけれど、軽いので、ほそくてちいさなろうそくしか使えない。だから、友人から届いたヨーロッパを彷彿とさせる白くて長いろうそくに、いまだ火をともせずにいる。

 ろうそくは贈り物としても最適だと思う。贈られるのは、ろうそくだけでなく、ろうそくのひかりのともる空間と時間、それからひかりのイメージ。火、というものから遠ざかって久しい現代、あらたな火の時間を生活の隙間にすこしづつ埋め込んでいけたら、闇の意味が、ひかりの意味が、そして太古の記憶が呼び覚まされるようにも思う。