らっきょう第二弾

 らっきょうの塩漬け、そして本漬けが終わってほっとしたら、もう一度らっきょう仕事がしたくなった。夜にえんえんと皮をむいた時間が、どういうわけか甘美に思えて。瓶にぎっしりと詰まったらっきょうにその時が刻まれているような気がして。

 しかし、それは幻想だ。実際、大変な苦労であったことを忘れてはいけない。手がしびれ、頭はもうろうとした深夜0時が、果たしてほんとうに甘美であったか。らっきょう仕事はかなりの労力を要するので、日々のことがおろそかになる可能性も大なので要注意でもある(夜ご飯が作れないとか、睡眠不足とか)。

 「一回仕込んだのだから十分。次の梅仕事に備えて体力温存すべし」と日に幾度も頭をよぎるらっきょうの残像を振り払うようにして過ごしていたけれど、数日たってもどうにも頭を離れない。これはやってみるしかない。意を決して山の上の方にらっきょうをまたお分けいただけないでしょうか、とお願いしたのだった。

 すぐに届けてくださったらっきょうは、茎もきれいに切ってあり、前回よりも大粒のような気がした。きっと「小さいと手間がかかって気の毒」と作業しやすいようにより分けてくださったのだろう。その端正な方の心配りにはいつもはっとさせられる。らっきょうを掘り、段ボールに新聞紙を敷いて入れるだけでも、その佇まいがうつくしいのだ。

 さて、今回はどう仕込むか。前回と同様に二週間の塩漬けの後、塩抜き、本漬け(甘酢)は王道の方法。前年の実績でおいしく仕上がることもわかっている。でも、ひとつ気になっている方法があった。発酵食博士である小泉武夫さんのサイトで紹介されている「酢を使わずに乳酸発酵だけで酸味を引き出す」らっきょう漬けだ。

 さらに、たまたま4年前の『暮しの手帖』(2016年83号夏)をひっぱり出して眺めていた夫が「おいしそうならっきょうの漬け方が載っているよ」と教えてくれた。それは、川上弘美の随筆で、「たにし亭」というずいぶんと前に閉店した店のこと、当時すこぶる人気であったらっきょう漬けについて綴ってあった。「開店以来四十年している絶対失敗なしの方法」という表現にも心ひかれた。

「乳酸菌発酵方式」と幻の「たにし亭塩らっきょう」どちらも目からうろこの大胆ともいえる手法で魅力的。ということで、両方試すことに。

 乳酸菌発酵方式は、茎も根も薄皮もとらず、水+砂糖+塩の液につけこみ、1カ月発酵させるだけ(2-3日に一度ガスを抜く)。食べるときに根と茎と薄皮をとる。らっきょう仕事のほとんどを占めるのが下処理なので、これは画期的!と思いながらも、まったく下処理をしないのもなんだか落ち着かず、根は軽く切り取り、念入りにこすり洗いしておおまかに薄皮をとる。レシピにそんな指示はないのに、えびらに広げてざっと陰干しして水分を取ってから漬け込むことに。なんだかんだ言って、やはりらっきょう漬けの醍醐味は下処理にあるのかもしれない。

えびらにのせて陰干し

 たにし亭方式はひたすら塩漬け。通常らっきょうの重さの1割の塩に漬けるところを、3割の塩をまぶして瓶につめ、重石はしない。途中瓶を振って上下を混ぜながら、1カ月常温で放置するだけ。食べる分だけ取り出して、3日間、毎日1回水を変えて塩出しする。

 今年新たに2種類のらっきょう漬けに着手することができたこと、さらにその方法がとても簡単だったことに活力を得て、ますますらっきょうの森に深く分け入りたくなった(ほかにもピリ辛漬けや醤油漬けなどがあるらしい)。

 だけど、今年のらっきょう仕事はもう、ほんとうに、これでおしまい。季節の保存食や畑、野草茶づくりにはきりがない。どこまでやるか、どこで区切りをつけるか、ほかの作業や日常生活とのバランスは。迷うことの連続であるが、そんなあれこれを考える時間こそがたのしいのだった。ときに自制して、ときに思い切って。選択と決断の連続。そして、どうか来年もらっきょうが漬けられますように、と願ったのだった。

左が「乳酸菌発酵方式」右が「たにし亭式塩らっきょう」

2020年らっきょう漬け覚え書き

「乳酸菌発酵方式」

らっきょう1000g
水800cc
砂糖160g
塩40g

らっきょうは根も茎も薄皮もとらずにあらい、水分とり(干した)つける(常温であたたかめの場所)3-5日したら発酵開始。2-3日に一度ガスをぬきつつ、1カ月で食べられる(食べるときに根や茎や薄皮をとる)。

「たにし亭式塩らっきょう」

らっきょう300g
塩90g

らっきょうの重量の3割の塩をまぶし、重石をせずに1カ月。水がらっきょうすれすれまであがってくるので振って上下をまぜる。食べる分だけ取り、3日間、毎日一回水をかえて塩だしする。