揚げ出し豆腐

 朝、「夕ご飯になにを食べたい?」と10歳の娘にきいたら、「揚げ出し豆腐かだしまき卵。だしの味がよくするものがいい」と言われた。

 残暑がまだ厳しいが、朝はひんやりとしていて、熱いお味噌汁がおいしい。そんな中で思い浮かんだのが揚げ出し豆腐だったのだろう。秋がちかづいてきたのだ、と思った。

 揚げ出し豆腐は、好きな食べ物のひとつ。お蕎麦屋さんや和食屋にあったら絶対頼む(そして「一人で一皿全部食べる」と主張する)。豆腐と片栗粉、出汁さえあればできるが、手間がかかるので、滅多につくらない。だけど、その日は冷蔵庫に豆腐があったし、食べたいものが「揚げ出し豆腐」という娘の素朴な感覚に心動かされ、夕食につくることにした。

 残暑の残る季節、涼しいのは午前中の早い時間だけ。午後にむけて気温はどんどん高くなり、西日の入る台所の午後5時は相当な暑さ。出汁をとりながら汗がにじむ。

 出汁は、昆布と鰹節で濃いめに取る。わたしは昆布を数時間水にひたしてから沸騰直前まで火入れをしてから取り出し、鰹節の厚削りを入れて15分ほど弱火で煮出す。高知はかつおの産地、地元に質の良い鰹節の作り手がいるというのはありがたい。

 出汁は多めにとって瓶に入れ、塩ひとつまみか梅干しの種を入れて冷蔵保存し、2日以内に使う。濃い目のだしさえあれば、お味噌汁でも、にゅうめんでも、出汁まき卵でも、すぐに作れる。

 高知の豆腐は固い。沖縄の豆腐に近いので、水切り不要。ゴーヤチャンプルーにもぴったり。程よい大きさに切って、片栗粉をはたいてやや低めの油で揚げる。

 片栗粉をはたくとき、指先についてどんどん厚さが増していくのがいやで揚げ出し豆腐から遠ざかっていたことに気づく(フライも同様。指先が粉とパン粉の層でどんどん膨らんでゆく)。

 しかしよいことを思いついた。小さなボウルに水を少し入れて、そこで指先をたびたび沈めて粉を落とすのだ。それはあとで片栗粉を足して、だしのとろみ付けに使う。われながら名案、とひとり満足する。

 豆腐を揚げるのに時間がかかるので、となりのコンロで出汁をあたためる。味付けは塩、醤油、みりん、甘さを足したければ砂糖。人煮立ちさせて味を見る。ちょっと濃いけれど、そのままぎりぎりおつゆとしてのめるくらいが目安(豆腐に味がついていないのでそのくらいでちょうどいい)。水溶き片栗粉を入れてとろみをつける

 薬味は大根おろしが王道。おろし生姜もいいし、みょうがもねぎも捨てがたい。揚げ出し豆腐はメインディッシュ的存在感をはなつので、薬味もいろいろのせると豪華になるが、まあ、適当でも十分おいしい。

 この日は残念ながら薬味になるものがなかったので、さつまいもの茎の皮をはいで炒めたものをのせた。(そして翌日、畑でみょうががたくさん採れたので、それを薬味にしたいばかりにふたたび揚げ出し豆腐を作った)

豆腐をすべて揚げたら、めいめいの器に入れ、だしをたっぷりと注いで(汁物くらいの感じで)、薬味をのせ、熱いうちに食べる。

揚げ出し豆腐ってほんとうにおいしいと思う。地味だけど、手がかかっていて、食べるタイミングも大事。淡泊な豆腐が「揚げる」「だし」「とろみ」「薬味」の力で目覚ましい変貌を遂げる。

これまで「揚げ出し豆腐だけだとちょっと物足りないかな」と思っていた。でも、豆腐さえたくさん揚げておけば、満足感もあり、だしが汁物のかわりにもなる。あとは軽くきゅうりでも切ってたたいた梅干しをのせたものや、簡単な酢の物でもあれば、さっぱりとする。

 その日のメニューは、揚げ出し豆腐(たくさん)、きゅうりにたたき梅と味噌をのせたもの、そして油揚げご飯。だし以外は植物性のものばかり。

 揚げ出し豆腐ってやっぱりいいものだ、と身体にしみるだしを味わう。残暑の残る夕暮れ時、汗をかきながらあつあつの揚げ出し豆腐を食べたのだった。

揚げ出し豆腐のつくりかた

1.木綿豆腐は重石をして数時間水切りする(高知の豆腐は水切り不要)
2.昆布と鰹節で出汁を濃いめにとる
3.豆腐を切って、全面に片栗粉をはたく
4.豆腐を揚げながら、出汁に味を付け(みりん、塩、醤油、砂糖)水溶き片栗粉でとろみをつける。
5.薬味を用意する。(大根おろし、おろし生姜、みょうがの薄切り、ねぎの小口切り)
6.豆腐を器に入れ、あつあつの出汁をたっぷり注ぎ、薬味をのせる。