映画の日々

 「映画は映画館で」と昔も今も思っている。
 最近はネットで見られるものも多く(最近はそちらが主流?)、我が家では、部屋を真っ暗にして、壁にプロジェクター投影した「映画会」が週末ごとにひらかれている。家族はたいそう楽しんでいるが、わたしはどうにも落ち着かないので(途中、電話や宅急便で中断されるから)、参加せずに遠巻きに眺めている。

 映画の時間は、「この映画を観たいな」と思うところからはじまる。
予定を決めて、電車やバスに揺られ、劇場でチケットを買って、座席にすわり、「トイレに行っておこう」と思って席を立つ。予告編がかかり、大画面で本編を観て、カフェや本屋に寄り道してから家に帰る。ちょっとした小旅行だ。

 これだけのプロセスがあるのだから、単に「映画を観る」というよりは、むしろ「体験型文化活動」と位置づけたい。

 時間も体力もお金も使ってひとつの作品を観る、というのは意外と覚悟のいるものだし、当然ながら「期待したほど良くなかった(あるいはまったく良くなかった)」というリスクも負う。

 しかし、身銭を切ってこそ、価値ある体験となるのだ。と威勢よく書いておきながらではあるが、先日映画好きの母から「映画奨励金」が届いた。添えられた手紙は以下のとおり。

「2020年度映画奨励金を送ります。

このお金は映画鑑賞チケットの購入以外には使えません。
大人は半額、小人は全額奨励します。
あまったときは次年度に繰り越し、足りないときは申請してください」

 
 映画好きの母は、わたしが高校生の時から映画代(とそれにかかる交通費)を全部出してくれていた。「この映画はいい、これはだめ」と区別することはなく、映画館で観るのであれば、どんな映画でもよかった。

 わたしはせっせと渋谷や新宿や銀座のミニシアターに足を運んだ。スクリーンの中では様々な世界が展開され、いつしか「映画を観ることは理屈抜きで良いものだ」と思うようになった。 

 しかし、こどもがつぎつぎと生まれ、アメリカやインドに住み、地方に移住し、いつのまにか映画どころではなくなり、ここ10年ほどはずいぶん映画館から足が遠のいていた。観れたとしても年に数本。残念だなあ、とおもいながらも仕方のないことだと思っていた。
 
 高知には映画館が3つある。大手のTOHOシネマズ、昭和の香り残る「あたご劇場」、そして「ゴトゴトシネマ」。それぞれに良さがあるが、友人が主催している「ゴトゴトシネマ」はとにかくセレクションが秀逸。ミニシアター文化から遠くはなれた高知で、都内顔負けの作品が観られるなんという幸運!

 彼の選んだ映画だったら間違いはない、という信頼感はシネコンでは得られないもののひとつ。「これはすごくよかった」という感想や、「こんな映画が観たい」という希望を伝えられるのもいい。文化的辺境の地(!)高知で、いや、このような土地だからこその大きな価値を生み出し続けていると思う。

 目下、映画を観るハードルは、ただひとつ、「遠いこと」。映画館はいずれも高知市内で、我が家から車で1時間かかる。けれど、映画を観に行く試金石としてはむしろよいことなのかもしれない。

母から奨励金が届いたことも追い風になって、この1カ月は、これまでになく映画館に足を運んでいる。

 印象的なのは、まさにこの時期に 「風の谷のナウシカ」 が劇場公開されたこと。36年前につくられた作品は色あせることなく、むしろこの現代にあってよりいっそうリアリティを増している。

 自然との共生、戦争と力、守るべきものは何か、といった普遍的なテーマが心ゆさぶる音楽とともに感動的に繰り広げられる。すばらしい作品はフィクションであったとしても、現実と分かちがたく結びついているのだ。

 映画は、見終わってから本質が試される。通奏低音のように意識に静かに残り続ける作品は、もう一度劇場に足を運ぶに値する。

「映画は映画館で見る」。ささいなことだけれど、私が母から受け取り、願わくば次の世代に手渡してゆきたいもののひとつである。

――――――――
<映画メモ>

この一カ月観たもの。

「夜明けに少女は夢を見る」
「ストーリーオブマイライフ/わたしの若草物語」
「気候戦士~クライメイト・ウォーリアーズ~」
「リンドグレーン」
「風の谷のナウシカ」

 社会派ドキュメンタリー2本に、時代を駆け抜ける女性監督ものが2本、そしてまさかの永遠の名作「風の谷のナウシカ」!

<感想>

「夜明けに少女は夢を見る」
イランの収容施設のドキュメンタリー。犯罪を犯したとされるどの少女も悲惨なバックグラウンドを持つ。「夢は?」と問われて「死ぬこと」と答える絶望の瞳と、愛らしい笑顔のコントラスト。こどもや女性が権利と自由を十分に与えられていない世界がいまだ存在することの重さ。

「ストーリーオブマイライフ/わたしの若草物語」
新進気鋭の30代の女性監督の才気が光る。古典的名作でありながら、古い慣習や女性の自立に鋭く切り込む視点と配役の妙に脱帽。テンポ感と色彩、感情の豊かさが全編に満ちた、躍動感に満ちた秀逸な作品。

「気候戦士~クライメイト・ウォーリアーズ~」
環境活動家のドキュメンタリー。世界各地でパワフルな草の根運動が広がりつつある。まずは知ることが大きな一歩。こういったドキュメンタリーは刺激にも勉強にもなるので、「時間がない」などと言わずに欠かさず観てゆきたい。

「リンドグレーン」
スウェーデンの児童文学者アストリッド・リンドグレーンの生涯。「長くつしたのピッピ」「やかまし村のこどもたち」がいかにして生まれたか。女性としてさまざまな制約があった時代に、思いを貫く生き方そもものが表現であり、革命であると感じさせる力作。自らの激しさに翻弄される主人公の存在感にはただ圧倒される。