2020/1/17
高知に移住した最初の1年半は高知市の北にある、土佐山という山の中に住んでいました。赤ん坊を含む、3人のこどもたちとの山の暮らし。お借りした家は前年の豪雨で、思いのほか傷みが進んでいて、たたみを全部剥がした床に、ブルーシートをしいた上で生活がスタートしました。トイレはなかったので、以前からやってみたかった簡易なコンポストトイレを自作。憧れていた薪ストーブを譲っていただけたのは幸運でしたが、壁を抜いて煙突をつけるところからはじまって、薪の調達も初体験。
まったなしの生活が続く中、あるのは意欲だけで、ほとんど無力な家族の登場に、集落の方は本当に良くしてくださいました。こうして予想外に過酷とも言える移住生活のはじまりは、高知の山で生き抜いてきた方々のあたたかで力強いサポートに支えられ、今となっては忘れがたい良い思い出ばかりです。
住んでいたのは短い期間でしたが、あまりに濃密な生活だったので、いまでは土佐山は懐かしきふるさと。集落でひらかれる新年会には、ご挨拶がてら伺うのが習慣になりました。
久しぶりの山の空気と懐かしい方々の笑顔。そして手渡されたたくさんのおみやげ。大きなのし餅や自家製の10年ものの梅酒、大根に原木椎茸に白菜、その中で燦然と輝くのが猪肉!「年末になって4頭もとれた。新鮮だからおいしい」と手渡された袋にはずっしりとした肉のかたまりがごろりとワイルドに入っていて、猟師さんが少ない地域に引っ越してからはめったに手に入らない(猪肉は買うよりもゆずっていただくのがスタンダード)猪肉を目の前に、大歓声をあげたのでした。
帰宅するなり大きな塊肉を切り分けて、赤身をスライスし、オリーブオイルをたっぷりまぶします。しっかりと熱したフライパンでさっと焼いて、まずは塩、つぶしたての胡椒を振り、レモンをしぼって冷めないうちに大慌てでいただきます。続いておろしにんにくとオリーブオイルでマリネしてから焼き、最後は大根おろしとしぼったばかりの柚子で作ったぽん酢で。脂身のない、透明感と力強さの共存した山のめぐみに恍惚としながら、感謝とともに、焼いては口にはこびます。
赤身の部分を食べてゆくと、残るのが7ミリほどある分厚い皮。いただいたものは、なんとかあますことなく、おいしくいただきたい。そこで思いついたのが猪肉のポピュラーな食べ方のしし汁。肉の部分も使いますが、皮だっておいしいはず。圧力鍋を皮を柔らかくなるまでゆでます。冷めると上の部分に油がかたまるので、取り分けておきます(他の料理に使います)。皮から油がすっかりぬけて、ぷるんとした触感はおそらくコラーゲン?煮汁も味を見たら、こちらもよい味が出ているので取っておきます。
ほかの具は「あるもの」で。大根、にんじん、白菜、ごぼう、それからしいたけ。ほとんどがいただきものです。大根、人参と白菜は太めのせん切りにします。食べやすく、なにより味がよいのがその理由。同じ食材でも切り方ひとつで、味が大きく変わるように思います。一般的には「いちょう切り」にするようですが、そのメリットは切りやすさのみ。お箸でもつまみにくく、口も大きめに大きくあけなければいけないし、味はといえば、繊維を断ち切っているからか歓迎しがたい独特の風味がでるように思います。にんじんは塩をすこしふっておいてから鍋で煎りつけて水分をとばします。ひと手間ですが、これで人参のくさみがすっかり消えて、「人参のおいしさ」のみが残ります。ごぼうは千切りかささがきに。しいたけも薄切りでよいかと思います。
昆布+かつおぶしのだしもたっぷりとっておきます。だしはなくてもかまいませんが(むしろ普段は「そこまですることない」と思う方)、かつおだし+肉、の組み合わせは特別においしいのです。お正月ということもあるし、やる価値は十分にある、と判断した次第。
大根と人参、千切りにした生姜をだしで煮て、煮立ったらごぼうとしいたけ、それから猪肉と細めに刻んだ皮を加えます。途中、皮をゆでたときのゆで汁も投入し、あくをとりながら煮ます。塩でごくかるく味をつけおいて、食べるときに醤油、みそ、ぽん酢で、各自好みにあわせて仕上げます。
そして一番大事なこと。肉をたべるときは薬味はたっぷりと。大根おろしに唐辛子をつめてすりおろした紅葉おろし(もちろん普通の大根おろしでも)、針生姜(おろし生姜でも)、そして小葱ををたっぷりと。柚子がまだのこっていたので、皮を細く切ってのせます。その上にしぼりたての柚子果汁と醤油をあわせたぽん酢をかけたなら、どんなにおなかいっぱい食べても、翌日の体調はすっきりとしています。そしてなによりもおいしい。こういったものを食べると、おいしさは、まったく気持ちよさなのだ、といつも感じます。
山のめぐみをいただいて、大鍋にいっぱい(なんと15リットル!)のしし汁をつくりあげた、まさに予想外の展開の新年。あちらこちらにおすそ分けして、その日も、そのあくる日も、あたたかく力強いその液体でからだを満たしたのでした。