2020/6/15
ぬか床をつくりはじめて、ひと月半が過ぎた。 毎日2回、朝晩かきまぜるのもすっかり習慣になり、漬け加減や塩加減にも安定感が出てきた。
ある本に「習慣がその人をつくる」と書いてあって、なるほど、と思った。なんでも3週間毎日続けると習慣として定着するらしい。ぬか床を毎日2回かき混ぜることにハードルの高さを感じていたので、こう決めた。「とにかく、3週間続けてみて、大変だったらやめてもいい。できそうだったら続けよう」。
今日、明日、そして3週間。先の見える明るさがある。そのときに決めればいい、というかろやかさも。その結果、あっという間に6週間がたち、このままいけば夏の間毎日新鮮なぬか漬けを食卓にのせられそう、という手ごたえを得た。
これまで使っていたのは四角い琺瑯容器で、冷蔵庫に入れておけば一日一回かき混ぜるだけでよかったのだが、忘れてしまうことも多く、挫折すること数回。
今回の勝因を分析すると、まず、かめにしたのがよかった。重いけれどかき混ぜやすく、常温の方が発酵しやすい。厚手なので温度変化もゆるやか。冷蔵庫に入らない大きさと重さなので、目に付くところに置いておけば、忘れることもない(見えないものはすぐ忘れてしまう)。手入れも、一日一回よりも朝晩二回の方がペースがつかみやすい。やってみないとわからないことはたくさんある。
ぬか床には色々なものを入れた。料理をするときに余った生姜やにんにくの端切れ、唐辛子に月桂樹。にぼしやかつおぶし、それから昆布。いただいた大ぶりの山椒の枝を水に生け、何回かに分けて葉と実を摘んで入れたのもたのしい時間だった。時には野草やハーブも。「これを入れよう」と用意するのではなく、手近にあって、すぐには使いきれなさそうなものをぬか床に沈めることで、素材を循環させ、台所の記憶が重ねられていくイメージ。日常の蓄積と繰り返しが、ぬか床のなかで息づいている。
高知は雨量も多く、気温も高い。梅雨に入ると息苦しいほど蒸し暑く、夏は日中は仕事にならないくらい暑い。できるだけ冷房を使わないように、と暮らす中、火を使う料理は必要最小限にしたい。そんなことも考えて、ぬか漬けをはじめたのだった。ぬか床は生きた魔法の壷。ご機嫌うかがいさえ欠かさなければ(多少のうっかりは回復できる)、すばらしい一皿を生み出し続けてくれる。
ぬか漬けの原型は奈良時代に生まれたとされ(須須保利ーすずほりーという漬物)、現在の形で広まったのは江戸時代初期だという。いにしえの人々の工夫と知恵の結果としての漬物。発酵食はシンプルでいて奥が深い。まさに生き物を扱っている感覚。糠と塩、容器さえあれば、だれでも始められるぬか漬けは、時代を超えて手渡されたすばらしい贈り物のように思えるのだった。
器 広川絵麻